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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11519号 判決

原告

日正運輸株式会社

右代表者

中山武雄

右訴訟代理人

鈴木喜三郎

島田達夫

和田冨太郎

被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者

白石道義

右訴訟代理人

米津稜威雄

麥田浩一郎

長嶋憲一

若山正彦

佐貫葉子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し三三七万五八九〇円及びこれに対する昭和五七年九月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、牽引用自動車(足立一一き四八七〇号、以下「甲1車」という。)を所有し、訴外株式会社日本フェリーセンター(以下「訴外会社」という。)から、被牽引用自動車(札一一を五〇七八号、以下「甲2車」という。)を賃借して、自己の従業員である訴外長谷川善一(以下「長谷川」という。)に甲1車で甲2車を牽引させて、運送業務に従事させていたところ、同人は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)を起こした。

(一) 日  時 昭和五三年七月三日午後四時五〇分ころ

(二) 場  所 東京都墨田区石原一丁目三七番一号先路上

(三) 加害車両 甲1車・甲2車

(四) 被害車両 普通貨物自動車(足立四四や四五七一号、以下「乙車」という。)

右運転者 訴外大友芳美(以下「大友」という。)

(五) 態  様 甲2車を牽引した甲1車の前を進行中の乙車が、対向車が右折するのを認めて一時停止したところ、甲1車が乙車に追突しそうになつたため急制動をかけた結果、甲2車に積載されていた鉄骨が、緩んでいたワイヤーロープから抜けて前方に飛び出し、乙車の後部に衝突した。

(六) 結  果 乙車が破損し、大友が第七頸椎椎弓骨折の傷害を負つた。

2  保険契約

被告は、原告との間で甲1車につき、訴外会社との間で甲2車につき、それぞれ本件事故発生の日である昭和五三年七月三日を保険期間内とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結している。

3  大友の治療経過と後遺障害

大友は、前記傷害の治療のため昭和五三年七月三日から昭和五四年五月二一日までの間に、二四六日間入院し、七八日間通院したが、完治せず、同日ころ症状が固定し、頸部痛、右上肢不全麻痺等の後遺障害等級表第六級に該当する後遺障害が残つた。

4  和解の成立

大友は、甲1車の自賠責保険から一一二〇万円、同車のいわゆる任意保険から六三七万円の各支払を受けたが、更に、昭和五五年七月三〇日、原告及び長谷川を被告として東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第八〇七八号損害賠償請求事件を提起し、三九一六万五八四四円を請求したところ、右訴訟において、同年一二月二五日、右当事者間で、左記内容を骨子とする訴訟上の和解が成立した。

原告と長谷川は、連帯して、大友に対し、損害賠償として、既払分のほかに二八〇〇万円の支払義務あることを認め、右金員を左のとおり分割して、右大友の代理人事務所に持参又は送付して支払う。

(一) 昭和五六年一月末日限り一三六二万〇五四六円。

(二) 同年四月より同年一一月まで毎月末日限り一〇〇万円宛。

(三) 同年一二月末日限り六三七万九四五四円。

5  和解金の支払

原告は、大友に対し、右和解に従い、昭和五六年一月末日一三六二万〇五四六円、同年一二月三日一四三万七九四五円、昭和五九年二月二日五〇万円、同年六月五日九三万七九四五円を各支払い、右昭和五六年一月末日に支払つた一三六二万〇五四六円については甲1車の任意保険から支払を受けた。

6  被告の保険金支払義務

(一) 本件事故は、甲1車及び甲2車の運行によつて発生したものであるから、被告は、甲1車の自賠責保険金のみならず、甲2車の自賠責保険金をも支払うべき義務があり、したがつて、原告が昭和五九年七月三日までに大友に支払つた金員のうち原告が保険金の支払を受けていない二八七万五八九〇円について、甲2車の自賠責保険金の支払義務がある。

(二) しかるに、被告は、原告が、前記昭和五六年一二月三日に支払つた一四三万七九四五円について、昭和五七年六月一六日、甲2車の自賠責保険金の支払請求をしたのに対し、「甲2車は甲1車に牽引されていたもので、本件事故は牽引していた甲1車の責任として考えられるべきであるから、甲2車の保険からは支払えない。」などと主張して、昭和五七年八月一一日付書面をもつて保険金の支払を拒絶した。

7  弁護士費用

被告の右支払拒絶は、不当抗争というべきであつて、不法行為にあたるところ、原告は、被告の右不法行為によつて、本訴の提起と追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任することを余儀なくされ、その手数料を支払つたほか、報酬の支払を約し、少なくとも五〇万円の損害を被つた。

8  結  論

よつて、原告は、被告に対し、甲2車の自賠責保険金二八七万五八九〇円と弁護士費用五〇万円の合計三三七万五八九〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、事故の態様は不知、その余は原告が甲1車を所有していることを除きいずれも認める。

2  同2の事実中、被告が甲1車及び甲2車につき自賠責保険契約を締結していること、甲2車については訴外会社との間で右契約を締結していることは認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、大友が甲1車の自賠責保険から一一二〇万円の支払を受けたことは認め、その余は不知。

5  同5の事実は不知。

6(一)  同6の(一)の事実中、本件事故が甲1車の運行によつて発生したことは認め、その余は否認する。

(二)  同6の(二)の事実は認める。

7  同7の事実中、被告の支払拒絶が不当抗争で不法行為にあたることは否認し、弁護士費用の主張は争う。

8  同8の主張は争う。

三  被告の主張

牽引車と被牽引車とが連結された状態にある場合、被牽引車の運行は牽引車の運行と一体化して不可分の関係にあるから、両車が連結された状態にあるときの事故は、すべて牽引車の運行によつて発生した事故として、牽引車の保険金のみが支払われるべきである。

右のように解するのが相当であることは、以下のとおり、牽引車と被牽引車とが、法令において、構造上・運行上不可分一体のものとして規制され、取り扱われていること、自賠責保険の実務上、長年にわたり、右のとおり解釈・運用されてきており、その取扱いが確立していること、自賠責保険は、被牽引車のためにも付保させることができるが、それは、被牽引車が牽引車と切り離された状態における事故を前提としているものであり、これまで被牽引車の自賠責保険金が支払われた例も右のような場合に限られていること、被牽引車のための自賠責保険の保険料が牽引車のそれと比較して著しく低額であることなどの点から明らかである。

1  構造上の不可分性

(一) 連結装置

道路運送車両法に基づく運輸省令である道路運送車両の保安基準(以下「保安基準」という。)第一九条は、牽引車及び被牽引車の連結装置につき、堅ろうで運行に十分耐えるものであること、相互に確実に結合する構造であること、走行中、振動、衝撃等により分離しないように適当な安全装置を備えること等の基準に適合しなければならない旨規定しているところ、一般のトラック、バス等の牽引かぎは、この規定にいう連結装置に該当しないし、また、離脱防止のための安全装置は、単なるロープ等による固縛では足りないものと解されている。

(二) 制動装置

牽引車及び被牽引車の制動装置は、連結した状態において所定の基準に適合する制動能力を有し(保安基準第一三条第一項)、かつ、両車の主制動装置は、連結した状態において所定の基準に適合する制動能力を有する(同条第四項)ものであることを要し、ただ、一定範囲の小型の被牽引車は、連結した状態において、牽引車の主制動装置のみで所定の基準に適合する制動能力を有する場合には、被牽引車の主制動装置を省略することができる(同条第二項)にすぎないものである。

また、被牽引車の主制動装置は、牽引車の主制動装置と連動して作用する構造であること(同第一二条第二項第二号)、両車の主制動装置は、連結した状態において、牽引車の主制動装置を操作したときに直ちに被牽引車の主制動装置が作用する構造でなければならないこと(同第一三条第五項)、牽引車の駐車用制動装置は、空車状態の被牽引車を連結した状態において所定の基準に適合するものであること(同第一二条第一項第七号)を要するとされている。

(三) 制動燈、後退燈

被牽引車の制動燈は、牽引車の制動装置を操作している場合にのみ(同第三九条第二項第二号)、被牽引車の後退燈は、牽引車の変速装置を後退の位置に操作している場合にのみ(同第四〇条第二項第三号)、各点燈する構造であることを要するとされている。

(四) 後写鏡等

牽引車は、被牽引車を牽引する場合は、被牽引車の左右の外側線上後方五〇メートルまでの間にある車両の交通状況及び牽引車(牽引車より幅の広い被牽引車を牽引する場合は、牽引車及び被牽引車)の左外側線付近の交通状況を確認できる後写鏡を備えなければならないとされている(同第四四条第一項)。

(五) 以上の諸規定からすれば、牽引車と連結した状態の被牽引車は、その目的・構造・装置・機能からして、これを牽引車と別個独立の存在と捉えることは、全く不自然というべきである。

2  運行上の不可分性

(一) 道路交通法(以下「道交法」という。)上の運行

道交法は、自動車の運転者が他の車両を牽引できる場合につき、原則として、牽引するための構造及び装置を有する自動車(牽引車)によつて牽引されるための構造及び装置を有する車両(被牽引車)を牽引する場合に限定しており(同法第五九条)、また、被牽引車は、同法上、軽車両とされているが(同法第二条第一項第一一号)、これは同法上被牽引車の独立した運行が予定されていないため、軽車両とするのが相当と考えられたためである。

このように、道交法上、被牽引車は、牽引車と不可分一体のものとしての運行しか予定されていない。

(二) 道路運送車両法上の運行

道路運送車両法に基づく保安基準においては、前記1のとおり、被牽引車を牽引車と一体として構造規制をしており、被牽引車の運行につき牽引車と一体としての運行を予定しているが、なお、保安基準において、被牽引車の制動装置は、走行中牽引車と分離したときにこれを停止させる構造のものでなければならない旨(同第一三条第三項)及び制動装置の一系統が被牽引車に備えられた操作装置によつて操作できるもので、所定の基準に適合する性能を備えなければならない旨(同第一二条第二項第三号)規定して、走行中に被牽引車が牽引車と切り離されて走り出してしまつた場合及び被牽引車が単独で駐停車中に走り出してしまつた場合に被牽引車の独立の運行があることを予定している。

(三) 自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)上の運行

自賠法第二条第一項は、同法における自動車を定義するにあたり、道交法上の自動車概念に依らず、道路運送車両法上の自動車概念に依つたが、これは、両法律における自動車の差異が被牽引車について著しいことからみて、被牽引車に対する取扱いを考慮したことが明らかである。すなわち、自賠法は、構造規制上自動車に準じている被牽引車が、走行中牽引車と分離した場合又は単独で駐停車している場合における被牽引車による事故の危険性を考慮して、この場合における被牽引車の自動車としての運行を認めることを相当として、道路運送車両法の自動車概念を採り入れたもので、その運行についても同法上の運行概念に従うこととしたものと解される。

そして、そのため被牽引車についても、自賠責保険の締結を強制したものである。

もつとも、被牽引車が、走行中に牽引車と分離して走行し、あるいは牽引車から分離した直後の駐停車中に事故を起こしたときは、牽引車のみの運行があるものとして、牽引車の責任を認めれば足りるものと解されるから、右以外の被牽引車が単独で駐停車中に事故を起こした場合のみが、被牽引車の運行による事故というべきである。

3  自賠責保険における取扱い

(一) 自賠責保険における牽引車・被牽引車の事故に関する処理方法は、別表のとおりである。

したがつて、牽引車及び被牽引車が連結状態にあるときの事故は、両車のいずれが事故の原因となつたかを問わず、すべて牽引車の保険によつてのみ処理され、被牽引車が牽引車と分離され、単独の状態にある場合において、被牽引車が事故の原因となつたときのみ、被牽引車の保険によつて処理されることになる。

本件事故は、牽引車である甲1車と、被牽引車である甲2車とが連結状態で運行中に、被牽引車に積載されていた積荷の鉄骨がずれ落ち、乙車の後部左側に衝突して発生したものであるから、別表の牽引車・被牽引車連結の場合のうち、被牽引車のみがひいた場合で、両車とも保険が「有」の場合であるから、牽引車の保険金のみが支払われる場合に該当する。

(二) 右別表は、昭和三二年五月一〇日、現在の自動車保険料率算定会(以下「算定会」という。)の前身である自賠責保険共同本部において、運輸省の行政指導を経て、損害査定の指針の一つとして作成されたもので、その後内容に変更なく自賠責保険実務の取扱基準として現在に至つているものである。

一般に、自賠責保険の実務では、被害者の迅速、公平な救済を図るため、各保険会社が損害額に関する資料を算定会に送付し、算定会の下部機構である調査事務所で統一的に損害額の調査を行い、各保険会社は、その調査結果に基づいて支払額を決定するというのが確立した慣行となつているところ、算定会及び調査事務所は、右損害調査にあたり、大蔵省の認可を経た統一基準である自賠責保険損害査定要綱により公正な運営を図つており、右要綱は、基本的指針であつて、その細則は運用実務に任されているが、この細則は、原則として、算定会及び各保険会社が協議したうえ、運輸省の確認あるいは指導を受けて作成されてきたものであり、前記別表は、右細則の一つである。

したがつて、右別表は、保険会社の内部基準ではあるが、恣意的に作成されたものではなく、連結状態にある牽引車・被牽引車の不可分一体性を根拠として作成され、取扱基準として確立されているものである。

4  従前の支払例

自賠責保険は、被牽引車のためにも付保させることができるが、それは、被牽引車が牽引車と切り離された状態において、被牽引車によつて事故が発生した場合を想定しているものであり、昭和五〇年以降、被牽引車の自賠責保険金が支払われた例は、いずれも単独で駐車中の被牽引車に被害車両が衝突した場合である。

5  被牽引車の自賠責保険料

本件における牽引車である甲1車の自賠責保険料は、一二か月契約で九万一九〇〇円、被牽引車である甲2車のそれは、二五か月契約で一九〇〇円(いずれも代理店手数料込み)であつた。そして、その後昭和五三年七月に改定された現在の自賠責保険料をみても、被牽引車の保険料は、契約期間の長短にかかわらず一律二八五〇円(代理店手数料込み)とされており、牽引車のそれと比較して一パーセント程度にすぎず、事務処理費程度の名目的金額にとどまつている。これは、被牽引車の自賠責保険金が支払われる場合が前記のような場合に限定されていることを前提としているからであり、現に、その支払件数も年間一、二件程度にすぎないためである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被牽引車は、道路運送車両法第二条第二項並びに自賠法第二条第一項にいわゆる「自動車」であるから、同法第三条にいわゆる「運行」の供用物たる「自動車」にあたる。

そして、「運行」とは、人又は物を運送するとしないとにかかわらず、「自動車を当該装置の用い方に従い用いる」ことをいう(自賠法第二条第二項)ところ、そもそも被牽引車は、その目的、構造、装置、機能その他すべてが牽引車に連結して用いられることを予定しているものであるから、牽引車に連結して用いることこそ、被牽引車を「当該装置の用い方に従い用いる」ものというべきであつて、被牽引車が牽引車と連結して用いられている場合は、被牽引車は運行の用に供されているものというべきである。この点につき、被告は、被牽引車は牽引車と切り離して用いる場合に運行があり、連結状態の場合には、運行があるとしても、牽引車の運行に吸収されるなどと主張するが、これは、全く独自の見解であつて、右のように解すべき合理的理由はなく、むしろ、連結状態の場合には、牽引車及び被牽引車双方の運行が併存すると解しても何ら不都合はないばかりか、事故が発生した場合における被害者救済に寄与し、自賠法の目的にも沿うものである。

2  また、連結中の被牽引車のみあるいは被牽引車、牽引車の両方が原因となつて人身事故が発生した場合、被牽引車の運行供用者は、自賠法上の運行供用者責任を負うが、この場合、被牽引車につき自賠責保険契約が締結されているときは、その運行供用者は、自己が自賠法に基づいて負担する責任につき自賠責保険によるてん補を保険会社に対して請求することができ、保険会社は、保険契約者との間で特に免責の特約をするなど特別の事情のない限り、右請求に応じなければならないものというべきである。

仮に、保険会社に右請求に応じる義務がないとすると、被牽引車の保有者は、自賠法に基づいて運行供用者責任を負わされるにもかかわらず、同法で強制的に締結させられている保険に対するてん補請求ができないことになり、加害者が賠償しない場合には被害者請求もできないという不合理な結果が生じることになる。

3  しかも、被告は、被牽引車が牽引車と完全に分離された状態において被牽引車が事故の原因となつた場合にのみ被牽引車の自賠責保険金が支払われる旨主張するが、このような場合は、被牽引車が「当該装置の用い方に従い用い」られているとはいえず、原則として「運行」にあたらないから、その保有者は運行供用者責任を負わないはずである。

そうすると、被告の主張のように連結状態における事故の場合に被牽引車の自賠責保険によるてん補が行われないとすれば、理論上、被牽引車の自賠責保険金が支払われることはありえないことになり、被牽引車に自賠責保険を付する意味がないことになる。

4  更に、被告主張にかかる自賠責保険実務の取扱基準は、昭和三二年五月一〇日に作成されたというが、右作成当時、牽引車及び被牽引車の運行について十分検討されたうえ作成されたものか疑問であるのみならず、その後今日までの長期間一度も改正等がなされていないことも考えられないことであり、右取扱基準は、今日の交通事故に関する保険事務の処理をするのに適さなくなつていることは明らかであつて、その被牽引車についての取扱いには合理性がない。

第三証  拠〈省略〉

理由

一請求原因1(事故の発生)の事実は、原告が甲1車を所有していること及び事故の態様を除き、当事者間に争いがなく、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告が甲1車を所有していること及び本件事故の態様は請求原因1の(五)のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

次に、請求原因2(保険契約)の事実中、被告が甲1車及び甲2車につき自賠責保険契約を締結していること、このうち甲2車については訴外会社との間で右契約を締結していることは、いずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、右の甲1車の自賠責保険契約は、被告と行橋通運株式会社との間で締結されたものであること、甲1車及び甲2車の右各自賠責保険契約は、いずれも本件事故発生の日である昭和五三年七月三日を保険期間内とする契約であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、請求原因3(大友の治療経過と後遺障害)の事実は、当事者間に争いがない。

そして、請求原因4(和解の成立)の事実中、大友が甲1車の自賠責保険から一一二〇万円の支払を受けた事実は、当事者間に争いがなく、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、大友が甲1車に付保されていた任意保険から六三七万円の支払を受けたこと、同人が原告主張のとおりの訴訟を提起し、同訴訟において原告主張のとおりの訴訟上の和解が成立したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

更に、〈証拠〉によれば、請求原因5(和解金の支払)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二本件においては、被牽引車である甲2車に付保されていた自賠責保険について被告の支払義務の存否が争点となつているので、以下、この点について判断する。

1 甲1車及び甲2車と同一車種の車両を撮影した写真であることにつき当事者間に争いがない〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、甲1車は、車名がニッサンディーゼルトラクタトラックK―CK60BTで、全長五・四七五メートル、全幅二・四八五メートル、全高二・九〇〇メートル、車両重量六〇八〇キログラムであり、被牽引車を連結して牽引するための専用の車両であつて、運転席の後方は被牽引車の前部を乗せる架台となつていて連結機構を有する構造のものであること、甲2車は、牽引車に牽引されるための専用の車両であつて、運転席、原動機、ハンドル、前輪等の単独で走行するに必要な装置がなく、全体が比較的単純な箱型で、前部には、単独で駐停車するときに車台を支えるための支え棒が装備されており、後輪は、ダブルタイヤが二対(合計八輪)ある構造のものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、甲2車は、牽引車と切り離して単独で駐停車させる場合以外は、常に牽引車と一体として運行の用に供されることが予定された構造の車両であるものというべきである。

2 道交法第一六条第二項は、同法第三章(車両及び路面電車の交通方法)の規定の適用については、自動車又は原動機付自転車により他の車両を牽引する場合における当該牽引される車両は、その牽引する自動車又は原動機付自転車の一部とする旨規定して、被牽引車が車両等の通行区分、速度、交差点における通行方法等の各種の交通方法について、いずれも牽引車の一部としてその規制に服するものとしているうえ、同法第二条第一項第一一号が被牽引車を軽車両と定めていることに照らすと、同法は、原則として、被牽引車と不可分一体のものとして取り扱い、その独立した運行を予定していないものと考えることができる。

3 道路運送車両法に基づく運輸省令である保安基準(道路運送車両の保安基準)は、牽引車と被牽引車の連結装置につき、堅ろうで運行に十分耐えるものであること、相互に確実に結合する構造であること、走行中、振動、衝撃等により分離しないように適当な安全装置を備えること等の基準に適合しなければならない旨(同第一九条)規定し、牽引車及び被牽引車の制動装置につき、連結した状態において所定の基準に適合する制動能力を有し(同第一三条第一項)、かつ、両車の主制動装置は、連結した状態において所定の基準に適合する制動能力を有するものであることを要し(同条第四項)、ただ、一定範囲の小型の被牽引車は、連結した状態において、牽引車の主制動装置のみで所定の基準に適合する制動能力を有する場合には、被牽引車の主制動装置を省略することができるにすぎず(同条第二項)、また、被牽引車の主制動装置は、牽引車の主制動装置と連動して作用する構造であること(同第一二条第二項第二号)、両車の主制動装置は、連結した状態において、牽引車の主制動装置を操作したときに直ちに被牽引車の主制動装置が作用する構造でなければならないこと(同第一三条第五項)、牽引車の駐車用制動装置は、空車状態の被牽引車を連結した状態において所定の基準に適合するものであること(同第一二条第一項第七号)を要する旨規定し、制動燈及び後退燈につき、被牽引車の制動燈は、牽引車の主制動装置を操作している場合にのみ点燈する構造であることを要し(同第三九条第二項第二号)、被牽引車の後退燈は、牽引車の変速装置を後退の位置に操作している場合にのみ点燈する構造であることを要する(同第四〇条第二項第三号)旨規定し、後写鏡につき、牽引車は、被牽引車を牽引する場合は、被牽引車の左右の外側線上後方五〇メートルまでの間にある車両の交通状況及び牽引車(牽引車より幅の広い被牽引車を牽引する場合は、牽引車及び被牽引車)の左外側線付近の交通状況を確認できる後写鏡を備えなければならない旨(同第四四条第一項)規定しており、これらの規定からすれば、牽引車と連結した状態の被牽引車は、その目的・構造・装置・機能の各側面において、牽引車と一体のものとして規制され取り扱われていることが明らかである。

4 以上のように、牽引車と被牽引車が、不可分一体のものとして規制され、取り扱われていることに鑑みると、道交法、道路運送車両法及び同法に基づく保安基準においては、被牽引車の運行につき、原則として、牽引車と一体としての運行を予定しているものと解することができるが、なお、保安基準において、被牽引車の制動装置は、走行中牽引車と分離したときにこれを停止させる構造のものでなければならない旨(同第一三条第三項)及び制動装置の一系統が被牽引車に備えられた操作装置によつて操作できるもので、所定の基準に適合する性能を備えなければならない旨(同第一二条第二項第三号)規定して、被牽引車が牽引車と分離された状況における事故の危険性に対する配慮をしていることに加えて、自賠法が、同法における自動車を定義するにあたり、道路運送車両法上の自動車概念に依拠し(自賠法第二条第一項)、運行の概念につき、道路運送車両法と同様に「当該装置の用い方に従い用いること」とした(自賠法第二条第二項、道路運送車両法第二条第五項)ことを併せ考えると、自賠法は、被牽引車が、牽引車と分離された状況において下り坂等を走り出し、あるいは単独で駐停車中に他車が衝突した場合等の事故の危険性を考慮して、このような場合に被牽引車の自動車としての独立の運行を認める余地があるものとして、被牽引車についても、自賠責保険の締結を強制したものと解されるから、被牽引車について自賠責保険契約の締結が強制されていることをもつて、直ちに被牽引車の運行が牽引車と連結して走行中にもこれと独立して存在するものと解するのは相当でないというべきである。

5 〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、自賠責保険における牽引車・被牽引車の事故に関する処理方法は、別表のとおりであつて、牽引車及び被牽引車が連結状態にあるときの事故は、両車のいずれが事故の原因となつたかを問わず、すべて牽引車の保険によつてのみ処理され、被牽引車が牽引車と分離され、単独の状態にある場合における被牽引車による事故の場合にのみ、被牽引車の保険によつて処理されていること、現に昭和五〇年以降、被牽引車の自賠責保険金が支払われた例は、いずれも単独で駐車中の被牽引車に被害車両が衝突した場合であること、右別表は、昭和三二年五月一〇日に、現在の算定会の前身である自賠責保険共同本部において、運輸省の行政指導を経て、損害査定の指針の一つとして作成されたもので、その後内容に変更なく自賠責保険実務の取扱基準として現在に至つているものであること、自賠責保険の実務では、被害者の迅速、公平な救済を図るため、各保険会社が損害額に関する資料を算定会に送付し、算定会の下部機構である調査事務所で統一的に損害額の調査を行い、各保険会社は、その調査結果に基づいて支払額を決定するというのが確立した慣行となつているところ、算定会及び調査事務所は、右損害調査にあたり、大蔵省の認可を経た統一基準である自賠責保険損害査定要綱により公正な運営を図つていること、右要綱は、基本的指針であつて、その細則は運用実務に任されているが、この細則は、原則として、算定会及び各保険会社が協議したうえ、運輸省の確認あるいは指導を受けて作成されており、前記別表は、右細則の一つであること、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、右別表は、保険会社の内部基準であるが、これを直ちに恣意的に作成されたものと断定することは相当ではなく、連結状態にある牽引車・被牽引車の不可分一体性を根拠として作成され、取扱基準として確立されているものというべきである。

6 〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、牽引車である甲1車の自賠責保険料は、一二か月契約で九万一九〇〇円、被牽引車である甲2車のそれは、二五か月契約で一九〇〇円(いずれも代理店手数料込み)であつたこと、その後昭和五三年七月に改定された自賠責保険料も、被牽引車の保険料は、契約期間の長短にかかわらず一律二八五〇円(代理店手数料込み)であつて、被牽引車以外の車両のそれと比較して著しく低額であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の自賠責保険の保険料に照らすと、被牽引車と牽引車ないし通常の車両との間には、自賠責保険の適用範囲において差異があるものと解するのが自然かつ相当というべきであり、被牽引車の自賠責保険金が支払われる場合が被牽引車の単独の事故の場合に限定されるとしても、これを必ずしも不当なものということはできない。

7 以上の諸点から考えると、故障車両をロープ等で連結して牽引し、牽引された車両に運転手が乗車してハンドル、ブレーキ等を操作していた場合と異なり、前示のような専用の被牽引車である甲2車が専用の牽引車である甲1車に連結されて走行していた際、甲1車が急制動の措置を採つた結果、甲2車に積載されていた鉄骨が緩んでいたロープから抜けて前方に飛び出したため発生した本件事故においては、被牽引車である甲2車は、牽引車である甲1車と独立した運行の用に供されていたものとは認め難く、甲2車の運行は、甲1車の運行と一体としてこれに吸収され、甲1車のみが運行の用に供されていたものというのが相当であつて、ひつきよう、本件事故は、自賠法第三条にいわゆる甲2車の「運行によつて」発生したものと解することはできないといわざるをえない。

したがつて、本件事故については、甲1車に付保されていた自賠責保険によつてのみ処理されるべきもので、甲2車の自賠責保険金が支払われるべき場合には該当しないものというべきである。

8 してみれば、被告は、原告に対し、甲2車の自賠責保険金の支払義務を負うものではないということになる。

三以上認定、判断したところによれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものとして、排斥を免れない。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官福岡右武 裁判官小林和明)

別 表

事故の態様

付保の有無

被害者へのてん補の出所

牽引車

被牽引車

牽引車

被牽引車

政府の

保障事業

牽引車のみが

ひいた

被牽引車のみが

ひいた

牽引車・被牽引車

両方でひいた

被牽引車単独

被牽引車のみが

ひいた

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